2017年01月29日

今月のゲスト作品『LUNCH BOX   宝川踊 』を読む

LUNCH BOX   宝川踊
三世紀後にもお箸を洗ったよ
ミネラルを引きまわしつつ冬が来る
声を濾過そのジュラルミンの反省
帰らない言葉があるよ相撲にも
てーぱらんてーぱらんたたかう振付
まぶされた紙吹雪に探す原点
米粒をニュートリノを撒き丘になる
さよならのうしろにマヨネーズの余り


LUNCH BOXというタイトルでの宝川踊さんの8句。
お箸、ミネラル、ジュラルミン(かつてアルミ合金ジュラルミン製の弁当箱があったそう)まぶされた(おかずには、ゴマやら鰹節やらタラコやら、何かとまぶしがちなもの)、マヨネーズと、大半の句に、お弁当箱がらみのワードが投入されています。
いろんな要素を詰め込んだ、という意味合いもあるのでしょうか。

三世紀後にもお箸を洗ったよ
未来からの報告です。
「お箸を洗ったよ」には近しいひとに向けられたような語感があります。
三世紀後には変化の方が多いはず。あえて「お箸を洗ったよ」と報告するやさしさ。ささやかな、こうふくな共感をえようとするココロの動き。
ほっこりする句でありました。

帰らない言葉があるよ相撲にも
「返らない」のではなくて「帰らない」のだから、自分発信の言葉なのでしょう。
かつて口にした言葉が、帰らない。
後悔なのか、忘却なのかは不明ですが、「帰らない言葉がある」という認識は誰にでもあるのではないでしょうか。
それが相撲にもあるという。
擬人化された相撲の存在感が、哀切。

てーぱらんてーぱらんたたかう振付
以下、妄想読みですので、ご容赦を。
「相撲」の句と並んでいたものですから、脳内には、うつくしい力士がふたり。
たがいに張り手をスローモーションで「てー」くりだして「ぱらん」と垂らす。たたかいのための振付を披露して、こちらをみる力士、満面の笑み。(以上、自覚ありの妄想読みです、失礼しました)
「たたかう振付」っておもしろいです。たたかいは一発本番のはずなのに、振付が用意されている。妙にリアル感があるのが興味深いです。
「てーぱらんてーぱらん」は「手がぱらん」ではもちろんなくて、すてきなオノマトペなのでしょう。擬音でなく、擬態。あるいは純粋、音。あとに「振付」という言葉が置かれているためか、「てーぱらんてーぱらん」に動作をつけたくなってしまいます。

さよならのうしろにマヨネーズの余り
この句にはくすっとなりました。
マヨネーズって一味足すもの。野菜炒めに、卵焼きに、明太子のパスタに。
「さよなら」も、意識無意識問わず、マヨネーズを足すみたいに、脚色されがちなものではないかしらん。
同じテーマの句はやまほどありそうですが、この句のウィット、よいですね!✨


たのしく読ませていただきました。



posted by 飯島章友 at 14:00| Comment(0) | 今月の作品・鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

もう、何も怖くない:200字川柳小説  川合大祐

西暦2XXX年、降り注いだ宇宙線は、あらゆる物質を軟化させ、融合させていった。都市のコンクリートは人間の体細胞と交わり、地球は新たなる進化の時を迎えようとしていた。ある一室に、最後の男とパソコンが残された。先刻までいた最後の女のメモを読む。「すがやみつる『ミラクル一番おれは天兵』でテレパシーがオープンチャンネルしたとこの台詞って『F・1キッド』の第一話のだよね」。柔らかい都市で男は「か、固いな」。

  マニアには悲しいほどのやわらかさ  兵頭全郎(「天使降る」/『川柳サイド Spiral Wave』より)

posted by 川合大祐 at 00:00| Comment(0) | 川柳小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月26日

川柳裸木(らぎ)4

川裸木(らぎ)4 を読みました。
ほんとうはとうに読んでいたのに、書くのがおそくなりました。編集・発行は、いわさき楊子さん。若草色というよりはもうすこしやわらかい、アヴォカド色の表紙に、よりそう二本の線が地から天にのびるように、すーっと引かれています。「らぎ」という音がいいです。年一回の発行とのこと。
目次より。

■ 同人句
お茶会         樹萄らき
母と私と母       久保山藍夏
みていますとんでます  阪本ちえこ
腕の中         北村あじさい
ひょいと        いわさき楊子
三ツ目の信号      上村千寿
雨天決行        川合大祐

■「川柳裸木」4 鑑賞   田川ひろ子

■「川柳裸木」4 交換柳読 
  藍夏→大祐  <雨天決行>を読む
  大祐→藍夏  <母と私と母>を読む 

  千寿→楊子  <ひょいと>を読む 
  楊子→千寿  <三ツ目の信号>を読む

■@くまもとメール川柳倶楽部@ 掲示板
■後記


読みのページが充実しています。
鑑賞は毎回他ジャンルのひとに依頼されているとか。
交換柳読は今号の試みとのことで、同人が互いに作品を鑑賞しています。
「交換柳読」ということば、いいですね。
作品とあわせて、作者の読みのコトバにふれることが興味深かったです。
また、@くまもとメール川柳倶楽部@は、メー川(略称 めーせん)という活動への参加者で、「川柳裸木」に参加していない方の自選10句を掲載。
メー川では、月2回自由句2句とコメントのやりとりをしていて、100回を超えられたとのこと。たのしそうですね。

以下、同人作品から、感想を書いてみました。

いっせいにあそびつくせよ曼珠沙華   樹萄らき
「いっせいにあそびつくせよ」という命令形がすてきです。地上の曼珠沙華がいっせいに遊ぶさまを想像せよ、なのです。視覚的にもおもしろくて、ひらがなと、画数の多い漢字のならびが絵のよう。縦長の紙の底に赤い曼珠沙華が咲いていて、細い花弁がほどけ天へのぼるさなかで「い」「っ」「せ」「い」「に」「あ」「そ」「び」「つ」「く」「せ」「よ」とやわらかなかたちになったもよう。
何を聞いたのか耳だけ囓りかけ
なにやらミステリアス。何かを聞いたひとと、耳を囓りかけたひとは同一人物か否か。また「耳を囓りかけ」でなく「耳だけ囓りかけ」とは?他の部位はしっかり齧ったのでしょうか?(と、考えると黒い笑いが・・・・・・・)耳だけを、しかも囓るでもなく、囓りかけただけで、誰かがいなくなった。囓られようとしたときに聞いたことばが、今は思い出せない、と、一種の恋情として読んでいます。

歩く度虹を残してゆく獣        久保山藍夏
歩いてゆく、残してゆく、という時間の経過と継続があり、同時に圧倒的な刹那を感じます。虹も獣も永遠でないもの。虹の一瞬の鮮やかさ、獣のいのちの匂い。その場に居合わせたいと思わせる美しい景色です。
ぐるぐると住めばぐるぐるが伝染る
これは楽しい!ひとつめの「ぐるぐる」は固有名詞。ふたつめの「ぐるぐる」は抽象名詞で読みました。

言い訳をしている月が欠けている   坂本ちえこ
とても好きな句です。「言い訳をしている」と感じる時間はながく感じられるもの。「月が欠けている」というのも時間の経過を表わしているのでしょうか。むしろわたしは「言い訳をしている」あるいは「言い訳をされている」と感じている憂い時間に、ふっと月がかけていることに意識がうつろう。その瞬間を切り取った句と思いました。
取り外し可能きちっともとのまま
冷静に考えれば、冷蔵庫の製氷器の脱着のような、リアルの句かもしれません。でも一読したときに、ひえ!おもしろい!となったのは、シュールな景が浮かんだからです。ココロを取り出して、記憶を塗り替えて、きちっともとに戻す。あるいは町を取り外して、またはめこむ。おもしろいです。

あちこちで卑弥呼の歩く影を見る   北村あじさい
卑弥呼が歩くのを見るのではなくて、歩く影を見る。卑弥呼本体は見えないのですね。道路や壁に落ちる影法師という意味なのか、鏡像の影なのか。歩いて移動する像をうつすサイズの水鏡やミラーがあちこちにあるとは考えづらいから、前者でしょうか。卑弥呼の影法師があちこちを歩いている。それを見ている。

あの日から西瓜を横に切っている   いわさき楊子
あの日に何があったのでしょう。西瓜を横に切る、というのは、水平に切るということでいいのでしょうか。五右衛門の斬鉄剣並の手さばき、カミワザです。西瓜を切るという日常をひょいと超えて、おもしろいです。そしてまた、あの日のことがすっぽり句の外側にあって、何のことだか不明なのがいいです。
夕顔のどれも視線をあわせない
たおやかなやさしげな夕顔。よりそうように数多く咲いていることでしょうに、どれも目をあわせない。淡い寂寥感と、それでも目はあわせなくとも夕顔とひびきあうやさしさを感じます。
きぬかつぎつるり妹来るという
「きぬかつぎつるり」というときの、指に残る独特の、あかるい快感。そのあかるさと、妹の来訪は、作者にとってつながるものがあるのでしょうか。作者固有の感覚がさらっと書かれていて好きです。

スマホ駆使して酸っぱくなってしまう   上村千寿
酸っぱくなったのは、ひとですね?「スマホ駆使して」という言葉にユーモアを感じます。そして「酸っぱくなってしまう」とは、なんておもしろい言葉なんでしょう。スマホ駆使することと酸っぱくなることの因果関係は不明でいるのですが、この句を読んでから、「ああ、今酸っぱくなりかけている」と、自己分析時の分類がひとつ増えました。

道という道に千年後に生える    川合大祐
生えてくるのは何なんでしょう。主語を省略して、おもしろいです。生えてくるのはニンゲンのような気がします。
強大な堀北真希が降りて来る
すごくおもしろい!やさしげな堀北真希や、可憐なる堀北真希ではいけません。また強大な前田敦子やタベミカコや深田恭子(フカキョンはちょっとアリかな?)でもいけません。「強大な堀北真希」が無表情に(おそらくは巨大な頭部のみで)天から降りて来るに違いありません。

posted by 飯島章友 at 16:54| Comment(4) | 柳誌レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月22日

猫は勘定に入れません:200字川柳小説  川合大祐

妻の両親が旅行に出かけ、彼女の実家に飼い猫の様子を見に行くことになった。実家と言っても車で五分もしない。細道を走っていると、何かが目の前を走っている。猫か、と思ったが、「ぴょおーん」という跳ね方をしているのだった。ライトの照明圏を過ぎているので、いまいち姿が判然としない。しかしどうも二本足で跳ねているのだった。妻と「あれ……カンガルーだよね」ということで結論づけてしまった。真夏の夜のことであった。

  猫の道魔の道(然れば通る) だれ  飯島章友(『川柳サイド Spiral Wave』所収 *本日、文学フリマ京都にて販売します)

posted by 川合大祐 at 00:00| Comment(0) | 川柳小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月20日

【お知らせ】「川柳サイド Spiral Wave」販売

1月22日(日)、「文学フリマ京都」で小池正博・榊陽子・兵頭全郎・川合大祐・柳本々々・飯島章友の川柳冊子「川柳サイド Spiral Wave」(編集発行 小池正博)が販売されます。各人の新作と旧作合せて三十句がブレンドされた川柳作品集で、お値段は500円。

なお、文学フリマのカタログには「川柳カード」として店名が掲載されているとのことです。ご注意ください。

また小池正博さんが出店者ですが、午後からは榊陽子さんと兵頭全郎さんもご来場予定とのこと。他分野の方もぜひこの機会に川柳人と交流してみてはいかがでしょうか。

また今回の「川柳サイド Spiral Wave」には小池正博選出による「現代川柳百人一句」が収録されています。わたしも見ました。そのうえで感じたことは、小池さんが選んだ句には主体的・積極的な「偏向」が混じっている、ということです。

偏向。その内実を言えば、現在もっとも精力的に現代川柳の普及活動をしている小池正博が、2010年代の感覚から各川柳人の代表句を更新している。そんな印象がとても強いのですね。

今回選出された百人一句の中から橘高薫風と中村冨二を例にとってみましょう。

恋人の膝は檸檬のまるさかな  橘高薫風
美少年 ゼリーのように裸だね  中村冨二


薫風の句。これは川柳界ではいまさら説明もいらない薫風の代表句。わたしは『喜寿薫風』(沖積舎)という薫風の自選三百句集をもっているのですが、やはり今現在の目で見ても掲出句がいちばん光っていると思うのです。だから従来どおり掲出句が選ばれるのも妥当といえましょう。

対して冨二の句。わたしの認識からすると、冨二といえば「パチンコ屋 オヤ 貴方にも影が無い」を代表句とするのが定番なんです。正直、食傷気味になるくらい。だけど小池さんは、2010年代の「偏向」した目から冨二の代表句を選出しなおしたのだと思います。あくまでも推測ですが、小池さんが若い俳人や歌人と交流してきた経験から「いまならこれだ!」と敢えて掲出句を選んだ。そんな気がするのですね。

なお今週の「週刊川柳時評」にも「文フリ京都をひかえて」という記事が掲載されています。どうぞよろしくお願いいたします。

第一回文学フリマ京都 開催情報
http://bunfree.net/?kyoto_bun01

posted by 飯島章友 at 21:50| Comment(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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