2019年04月30日

平成の終わり

 果たして、この度の「令和」の典拠に出てくる「梅」とは、「厳しい寒さが残る早春に、桜に先駆けて凛と咲く花」との意味ですが、まさに私たちは、グローバリズム(ネオリベラリズム)という厳しい「冬」に覆われていた平成時代を乗り越えて、再び「梅花」を咲かせることができるのか。自然な「我が國ぶりの道」を見出すことができるのか。



浜崎洋介さんは、わたしが今もっとも注目している文芸批評家です。
日本人が、自分とは何者か? を考えるときに繰り返し参照されてきた万葉集。

平成がもうすぐ終わります。
平成とは、わたしにとってまさに、急進的なグローバル化のために自分が何者であるかを問い続けなければならない時代でした。
自他のあいだに橋を架けることと、自他のあいだを埋め立ててしまうこととでは、大きな違いがあります。

令和元年は、わたしにとっては仕切り直しです。

令和はいい時代になります。

2019年04月26日

今月の作品 赤松ますみ「蟹の腹」を読む

不思議なタイトルの連作である。
連作中どの句にも食べ物や食にまつわる言葉が使われている。水ようかん、ジェラート、笹だんご、ミルクソフト、羽二重餅、蟹の腹。どれも触り心地のよいものである。
この辺り作者の言葉の選択は実に徹底している。

ただこのうち、タイトルにもなっている蟹の腹のみが異質である。
蟹の腹とはあの硬くて鎧のような甲羅ではなく、その反対側、俗にふんどしとも言われる三角形のところであろう。蟹を食べるとき、このお腹のふんどしに親指を入れて取り除くのが一般的である。このふんどしに指を入れるときのなんとも言えぬ感触は、これから味合うであろう味噌や卵の食感などと相まって、心は舞い上がることだろう。

さて、その句であるが

  自白する覚悟はできた蟹の腹

自白する覚悟はできたの後に蟹の腹である。これはどういうことだろうか。
何に対する自白か見当もつかないが、かなり強い意思を感じる。ここでたたみかけるように蟹の腹を持ってくるところに作者の美意識を感じる。
posted by いなだ豆乃助 at 21:42| Comment(0) | 今月の作品・鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

喫茶江戸川柳 其ノ肆

小津 みなさんこんにちは。 昔の川柳のおいしいところだけをマスターから伝授してもらおうという、喫茶江戸川柳のお時間が今月もやって参りました。 飯島さん、こんにちは。

飯島 いらっしゃいませ。このお店では江戸川柳、 つまり江戸時代の川柳を楽しみながら珈琲を召し上がっていただけます。

小津 今月はいきなり改まって、 詩歌本流とも言える題材をあつかった川柳を味わってみたいです。 何か面白いものはありますか?

飯島 そうですね…… それでは新年度になったということで桜はいかがでしょうか?

小津 わあ、王道ですね。それでお願いします。

飯島 今年は久しぶりに桜隠しを見ました。桜と雪のコラボ。 何か悩ましい綿菓子でも見ているような、不思議な光景でした。
さて、桜といえば和歌です。紀友則の〈 ひさかたの光のどけき春の日に静心なく花の散るらむ〉、 在原業平の〈 世の中に絶えて桜の なかりせば春の心はのどけからまし〉、 本居宣長の〈しきしまの大和心を人問はば朝日ににほふ山桜花〉 などは有名ですね。これが川柳となるとどうなるか。それでは少々お待ちください。

      * * *

お待たせいたしました、本日の花ぐはし桜セットです。

  花の宵所々に坊主の首くくり
  花の山幕のふくれる度に散り
  花の雨寝ずに塗つたをくやしがり
  三日見ぬ間に花の咲く仲の町
  万仁


小津 一句目〈花の宵所々に坊主の首くくり〉、物騒で笑えます。てるてる坊主を〈首くくり〉という表現と合わせると、この雨乞いのルーツは生贄にあるのかも、と思ったり。

飯島 中国の晴娘伝説が由来だとネットなんかには出ていますね。水没しそうなくらい都市に大雨が降ったとき、晴娘っていう女の子が天の生贄になったことで雨が止んだ、という。生贄とは別の次元になるかもしれませんが、日本のてるてる坊主は全身が白なので、どこかしら日本的な死のにおいを感じます。死装束や武道の道着と一脈通じているのかも、なんて。

小津 わあ、言われてみるとそうですね。あと〈花の宵〉という表現もこの句だと怪しい。不穏な花明りを感じます。二句目〈花の山幕のふくれる度に散り〉は豪勢な雰囲気がいいです。〈山〉とか〈膨れる〉とか。

飯島 花見幕がふくれるのを描写することで言外に風を示唆する。私はそこに惹かれました。

小津 なるほど。上手ですね。

飯島 このほかに〈花の散るたんびに見える白い股〉なんていうマリリン・モンローっぽい句もあって、ここでも風が示唆されています。

小津  春風は花見における、一つの演出道具だったのかな。

飯島  でも〈生酔の突当るたび花の散り〉となるとこれは人災。

小津 あはは。三句目〈花の雨寝ずに塗つたをくやしがり〉は川柳らしい句形。これは何を〈塗つた〉のでしょう?

飯島 江戸庶民にとって花見は一大レクリエーションで、ここぞとばかり贅を尽くしたようです。当時の花見弁当を調べてみると、ピンキリではありますが現代よりもはるかに豪華な段重ねの弁当があって、気合の入り方が伝わってきます。前日から丹精込めて料理をこしらえ、金銀・色糸で刺繍した花見小袖に身を包み、メイクもばっちりキメて出掛けたわけです。〈花〉〈寝ずに塗つた〉とくればこれは化粧のことだな、と当時の人なら分かったんでしょうね。

小津 〈塗つた〉って顔のことだったんだ! そういえば「厚塗り」なんて表現がありましたね。左官屋かっていう。

飯島 〈白壁を両の手で塗る花の朝〉というのもあって、たしかに左官屋さん風味ですね。

小津 四句目〈三日見ぬ間に花の咲く仲の町〉は出だしの句またがりがいいな。

飯島
 〈三日見ぬ間に〉は、大島蓼太の有名な〈世の中は三日見ぬ間に桜かな〉の文句取りですね。仲の町は吉原のメインストリート。小津さんが指摘された〈三日見ぬ間に花の咲く〉という句またがりですが、こうすることによって、開花を待ち焦がれる時間をすっ飛ばしちゃってる感じが出ていないでしょうか。何かいきなり花桜が出現した雰囲気があるというか。

小津 はい。確かにします。 

飯島 ご存知かもしれませんが、吉原では花見の時季になると、開花間近の桜が仲の町に植えられて、あっという間に桜が咲いたそうです。

小津 すごい! わざわざ引っこ抜いてくるんですか。ちょっと嫌だなあ。

飯島 たしかにね。ただその中を、しゃなりしゃなりと花魁道中の行進があったり、植え込みの柵に屋号の書かれた雪洞が掛けられたりして、華麗かつ幻想的な空間が人工的に演出されたようです。吉原は江戸最大のテーマパークでもあったので。

小津 ところでこの句の後ろにある〈万仁〉は、北斎のことでいいのでしょうか?

飯島 確定ではないようですが、北斎と推測されています。百々爺も北斎の柳号と推測されていますが、これは百×百=万だから卍に通じると。写楽=北斎説もありますが、何にせよ二十面相みたいなおっちゃんです。

小津 そうなのですか。 今日は江戸時代の人々の花見を垣間見て、とても良い勉強になりました。まだお花見をしたことがないのですが、もし機会が巡ってきたら前の日にはてるてる坊主を吊るして、当日は頑張ってお化粧をして出かけたいと思います。本日もありがとうございました。  

《本日の花ぐはし桜セット》
花の宵所々に坊主の首くくり  なんとなくホラー度 ★★★☆☆ 
花の山幕のふくれる度に散り  平和な世の中度 ★★★★☆
花の雨寝ずに塗つたをくやしがり  無念やるかたなし度 ★★★★☆
三日見ぬ間に花の咲く仲の町 万仁  大道具がすごいぞ度  ★★★★★

posted by 飯島章友 at 00:00| Comment(0) | 川柳サロン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月14日

まばたきすることば──粒子と流体とのあわいで/杉倉葉氏ロング・インタビュー(聴き手:小津夜景)A

前回まで
まばたきすることば──粒子と流体とのあわいで/杉倉葉氏ロング・インタビュー(聴き手:小津夜景)@


3.こんなふうに句をつくる

小津夜景(以下、O) よろしければ、一句ができるまでの過程をお話しいただけますか。

杉倉葉(以下、S) 単語から作ることが多いです。たとえば、自選句のなかにある〈木漏れ日をなめてくずれる二等兵〉という句は、まずはじめに「くずれる」という動詞を使いたかったんです。これは金井美恵子の『くずれる水』が好きだからなんですが、ここで液体のイメージを使うとそのままになってしまうので、「木漏れ日をなめて」と液体でないものを液体のように書くことにしました。これで「木漏れ日をなめてくずれる」までができたのであとは最後を埋めるだけです。〈静脈を重ね航路を決める夜〉は、「静脈」と言う言葉から、それを重ねるイメージを思い浮かべ、それに類似するものとして「航路」を持ってきました。「夜」は「静脈」と言う語にふたつ「月」が含まれているところから。
軸になる語を決めてそれにあう語を見つけていきます。そうでないときは一気に思いつくときが多いです。思いついたらスマホのメモに書いておく。あとから語を変えたり助詞を調整したりはしますが。

O なるほど。一つの語が喚起するイメージを支柱にして、言葉の足し引きをしてゆくんですね。いけばなのように──

S そのせいで作品の質感が偏ったりするので、良いのか悪いのかわかりませんが、ただ近接するモチーフの句が集まりやすいので、並べてみてしっくりくるものが7、8句できると、それを軸に他の句も作っていきます。川柳は短歌や俳句のように連作で出す賞などがないので、作るととりあえずだいたい20句ずつブログに発表しています。でも川柳の連作ってあまりよくわからないんですよね。

O 連作のつくりかたに定石はないし、賞も好きな場所に出してだいじょうぶ! 俳人の御中虫は代表作が〈結果より過程と滝に言へるのか〉ですが、これって川柳ですよね。あと〈じきに死ぬくらげをどりながら上陸〉〈暗ヒ暗ヒ水羊羹テロリテロリ〉〈混沌混。沌混沌。その先で待つ。〉──こんな連作で芝不器男俳句新人賞を受賞しています。ちなみに彼女の連作句集『関揺れる』は、方法としてはインプロヴィゼーションでした。

S そんな俳句があるんですか。たしかに言われないと川柳だと思ってしまうかもしれません。
インプロヴィゼーションといえば、もともと連句から始まっているわけですから俳句や川柳とインプロヴィゼーションの相性っていいんですかね。川柳に限らず、そういう方法でなにかを書いたり作ったりしたことはないし、自分はあまり向いてなさそうなのでわからないんですが。

O おそらく相性はいいと思います。

S 前友達と連詩をやったら割とストレスがあったんですが、定型だとまた違うかもしれませんね。一度連句などやってみたいです。


4.自選10句をめぐって

O 今回は自選10句も頂戴しましたが、一読してたいへんキラキラしていると思いました。またこの上なくエロス的で、そこは八上桐子に通じる印象を受けます。あと発想の面で目を引いたのが、流体と粒体とのあいだの交歓といったパターンです。

木漏れ日をなめてくずれる二等兵  (粒 : 木漏れ日/流体性 : くずれる)
星々の呼称を巡る判決書  (粒 : 星々/流体性 : 巡る)
緑の光に浸る水の図形  (粒 : 光/流体性 : 浸る)
外は雨、入れ子になって睡ろうよ  (粒 : 雨/流体性 : 雨、眠り)
たえまなく流体として孕まれて  (粒 : 孕むより卵への連想/流体性 : 流体)
星をやどす葉からあふれだしてゆく水銀  (粒 : 星/流体性 : あふれだし)
受粉樹の街がくきやかに滅ぶ  (粒 : 粉/流体性 : 滅ぶ)
「これって音楽ですか?」「いや、廊下です」
フラフープかじりつつ 秋の夕焼け (粒 : かじるから食べこぼしへの連想/流体性 : 夕焼け)
静脈を重ね航路を決める夜  (粒 : ×、流体性 : 静脈、航路)

唯一この中で異質なのは〈「これって音楽ですか?」「いや、廊下です」〉ですが(ともに「滑らかに流れるもの」といった流体的イメージを立てることはできますが)、このようなつくりかたは自覚的に?

S いま指摘していただいて初めて気がつきました。まったく意識していなかったです。たぶんキラキラしたものが好きで、それが溶けてゆくときに官能性を感じるんですよね。不定形にまじりあってゆく感覚に。
あとやはり川柳をきっちりした自律的なイメージをつくりあげるものだと思っていないから、流れ変化してゆくモチーフを使いたくなるのかもしれません。ひとつひとつの言葉=粒体がイメージ=流体として外にあふれてゆくように、というときれいに言い過ぎかもしれませんが、ひとつひとつの言葉をつなげてイメージを作る作句の過程それ自体や、自分の考えている川柳性が作品にあらわれているんだと思います。

O なるほど。ところで、ここまでは大枠がイメージの問題をめぐっていましたが、韻律や句形についてはどのようにお考えでしょう?

S 定型詩のいちばんおもしろいところは、定型があることによって否応なくすべて自己言及性を持ってしまうところだとおもっています。575をどう使用するのか、あるいはどうやってそこから逸脱するのか、ということがそのままジャンルそれ自体との距離感になる。それがあるから短い言葉が詩として成立すると思うんですよね。とはいえそれが作品にどう生きているのか、あるいは生きていないのかは自分でもわかりませんが。
韻律についてはわりと頭韻が好きです。あとア音。「たえまなく流体として孕まれて」などはかなりの部分音で選んでますね。ただ川柳であまり歌いすぎてもよくない気がしますし、字余りの句もよく作りますね。過剰に字余りの川柳と、過剰に字足らずの短歌(たとえば高瀬一誌の作品など)の違いがよくわからなくなってきますが。
私は575に対する愛着はあまりないですが、77は好きです。77が独立して一句になるのって結構変ですよね。もともと自律性のないものをひとつの作品として提出しているわけですし。
俳人から見て、川柳の韻律や句形は俳句となにが違いますか?

O 俳句は〈構造〉に取り組んできた文芸なので、句形への意識は強いです。いっぽう川柳は平句の遺風があって句が流れる。もちろん屹立する川柳というのは珍しくありませんが、それは句形の強さではなく、詠みの気迫や読みの奥行きによって屹つんですね。菅原孝之助〈ゆっくりと父を裸にした柩〉、大野風柳〈美しい国の機械が子を生んだ〉、普川素床〈なんと長い足だろう 夜は〉みたいに。やはり川柳は〈意味〉に取り組んできた文芸だと思うし、そこが私にとっての魅力です。
俳句のことをもう少し言うと、77に限らず575も自律性がなく、立ち姿も不安定だと思うのですが、俳句はそれをそう感じさせないための技法を考案してゆきました。例えば、切れ字を使って17文字の内部に彫りを入れ、音律や意味に立体感をつける。また季語を使い、いまここに立ちながら太古から来世までの時空、すなわち永劫回帰性を召喚する。そうやって怪しい土壌に〈構造〉を創造するわけです。もちろん〈構造〉への取り組みとは、阿部青鞋〈半円をかきおそろしくなりぬ〉に見られるような〈脱構造〉を含んでいます。ただしジャンルに関する言説はつねに後づけなので、どんな見立ても本質ではありませんが。

S 川柳の〈意味〉のおもしろいのは、その短さゆえに、意味が十全になることがないところにあると思います。読者はそれを補おうとするわけですが、補おうにもヒントがなさ過ぎて、言葉が描こうとしている世界の全体像が見えない。というより、全体像なんてはじめからないのかもしれない。そうした不安定さや不気味さが川柳だと私は思っています。〈エンタシスの柱に消える大納言〉(小池正博)というように、屹立させつつ(「エンタシスの柱」)もそこから逃れてゆく(「消える大納言」)ような。
川柳はあまり技巧的に見えないし、でも間違いなく技巧はあるはずなのに、理論・体系化されていないので、他の詩型を参照しつつ考えていけたらいいのかな、と思います。特に俳句は575という定型を共有していて、似ているような、でもぜんぜん違うような気がして不思議ですね。いまあまりよくわからずに切れ字をつかった川柳の句を作ってしまったりしているのですが、もう少しこれまでの俳句の蓄積を知ったうえで創作していかないといけませんね。

O 切れ字については「切れ字の前後では主体が変わる」なんて説明の仕方もあります。あと樋口由紀子「川柳に関する20のアフォリズム」と西原天気「俳句に関する20のエッセイ・樋口由紀子『川柳に関する20のアフォリズム』へのオード」という週刊俳句のやりとりなども興味ぶかいです。


5.これからのこと

O さいごに今後どのような活動をしてゆきたいかを教えてください。短いスパンと長いスパンと分けてお伺いできますとうれしいです。

S あまり考えてませんが、とりあえずコンスタントに句をつくりつづけたい、というのと、あと最近はブログに作品を載せるのに飽きてきたので、他の発表の場所をつくりたいですね。同人誌などやってみたいです。
川柳はじめてまだ1年たっていないのですが、300句くらいは作ったと思うので、順調にいけば5年で1500句。それくらい句が集まったら句集つくりたい、と思っています。そのときはお読みいただけたら幸いです。

O 1年300句はいいペースですね。ますますのご活躍を期待しております。ありがとうございました。

(了)

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2019年04月13日

まばたきすることば──粒子と流体とのあわいで/杉倉葉氏ロング・インタビュー(聴き手:小津夜景)@

1.川柳との出会い

小津夜景(以下、O) 杉倉さん、はじめまして。川柳スープレックス「1月の作品」の連作「流体のために」を大変おもしろく拝読しました。川柳というのは若い方がとても少ないジャンルですが、そもそも杉倉さんはなぜこの詩形を選んで活動しようと思ったのでしょう。

杉倉葉(以下、S) 昨年の春ごろ、歌人の瀬戸夏子さんのエッセイなどを読んでいたら度々川柳に言及されていました。たしか『現代短歌』の連載だと思うんですけれど、石田柊馬の〈妖精は酢豚に似ている絶対似ている〉が引かれていて、川柳でこんな変なことをする人がいるんだ、と気になったのが川柳に関心を持ったはじめです。

O 〈妖精は酢豚に似ている絶対似ている〉は快作ですね。これぞ川柳!といったジャンルの王道を体現しつつ、同時に短詩形文学の枠に収まらないエネルギー、外部に飛び出そうとする太いベクトルをはらんでいる、という。

S すごい句ですよね。それにびっくりして川柳が気になりはじめて、ちょうど同じころに、偶然、川柳スパイラルや川柳スープレックスなどで活動なさってる川柳作家の暮田真名さんと知り合ったんですが、暮田さんが「当たり」というネットプリントに載せていらした作品がすごくおもしろかった。それで暮田さんにいろいろ教えていただくうちにいつのまにか自分でも作っていた、という感じですね。ほんとうに歴史もなにも知らないところから川柳をはじめました(いまでもそのままなんですけれど)。
はじめて読んだ川柳の句集は小池正博『水牛の余波』で、まったくわけがわからなかったんですが、わけのわからないものが好きなので、すっかり惹きこまれてしまいましたね。それから、たぶんそのころまだ出たばかりだった八上桐子『hibi』がすごく良くて、水のモチーフの使い方になんとなく現代詩っぽいものを感じて自然に読み進めていけました。
そのころ読んだ句で印象に残っているものを挙げると、

  共食いなのに夜が明けない/暮田真名
  獣偏のデザインは疾走する/小池正博
  えんぴつを離す 舟がきましたね/八上桐子

などです。

O まさに現代詩の一行、といった雰囲気の……。

S そうですね。現代詩だけでなく、もっと他の詩形のひとに読まれてもいいと思うんですが、残念ながら川柳ってすごくマイナーなジャンルですよね。いま川柳を読んだり作ったりしているひとがどのように川柳と出会っているか、ということはとても気になるんですが、小津さんがはじめて川柳に触れられたのはいつなんですか?

O 6歳の時に依田勉三〈開墾のはじめは豚とひとつ鍋〉をおぼえたのが最初ですが、自覚的な出会いは3、4年前です。そのときは川柳そのものに興味はなくて、柳本々々さんの目に映る川柳を理解したかった。そんなにおもしろいの?とふしぎだったの。杉倉さんの目には、川柳という詩形はどんな風に映っているのでしょう。

S 俳人の方にとっても川柳はやや距離のあるジャンルなんですね。
私は川柳のなかでもごく一部しか読んでいないのでかなり偏った印象だとは思うんですが、川柳は人称性というか、発話者の主体性が希薄な気がします。たとえばさっき引いた小池さんの〈獣偏のデザインは疾走する〉や、〈はじめにピザのサイズがあった〉もそうですが、こうした極端に偏った断言の背後に主体が見えるかというと、まったく見えない。
俳句だと(私は俳句にぜんぜん詳しくないのであてずっぽうで言いますが)、一句としてのイメージの完結性がもとめられ、そうなると景を見る主体なり、語を統御する主体というものがあらわれてくるのを感じるんですが。

O あ。それは一般のイメージとはたぶん逆ですね。ふつうは川柳の話者は我を出し、俳句の話者は我を消す、といったイメージなんじゃないかな。 
   
S そうなんですか。でも川柳ってだれかよくわからない変な言葉がただそこに置いてある、って感じがするんですよ。他のジャンルで近いと思うのはアメリカのポストモダン小説家、バーセルミの小説ですね。バーセルミの小説って、ほんとに意味がない掌編ばかりで、読んでいると意味も分からず変な形のプラスチック片を見せられている気分になるんですが、川柳もそれに近い感じがします。
それから、俳句は季語があることによって一句を読むこと自体がほかの句を参照することになるはずなので、とても豊かで、重みがありますよね。それに比べると川柳は(悪い意味ではなく)貧しく、軽やかな気がします。俳句を解釈すると、十七音からさまざまなものを読み取ることになると思うんですが、川柳ではむしろ、得体のしれない余白を前に途方に暮れてしまう。俳句が文の凝縮だとしたら、川柳は文の断片だと捉えられると思います。
ただ同時に(小津さんがスープレックスのインタビューでおっしゃっていた、俳句と川柳の作者性とかかわるところだと思うのですが)、句単位だと川柳は主体性が薄い印象があるのに、連作や句集の単位で読むと必ずしもそうとは言えない気もするんですよね。俳句は最終的なところで季語=歴史に主体性を明け渡しているのに対し、川柳は拠るところがないから、まとまって読んだときにむしろ作者性が目立つのでしょうか。

O うーん、むずかしい。さしあたり詩性川柳と俳句との違いについては、昔、次のような比較を試みたことがあります。
たとえば川柳のパターンのひとつに〈身体性の過剰な改造〉というのがありますが、実は俳句では身体の改造がまったく好まれません。もちろん身体の〈違和〉や〈異化〉を詠む人は少なくないですよ。でもその〈違和〉や〈異化〉は、中心たる身体への幻想があるからこそ成立する予定調和にすぎないんです。また身体性の問題をかなり学究的に考えている俳人にしても、彼らの作業は身体をめぐるありきたりの言説を疑い、その現象を捉え直すことに費やされる。つまりそこでは〈本来の身体〉なるものが空虚なシニフィアンとして、依然として隠れた中心的機能を担っています。
いっぽう柳人の身体に対する姿勢は、まるで新種のアニマロイド(獣人)を生み出すようなクールさです。彼らは身体の破壊、継ぎ接ぎ、再生といったロボティズム的作業を、もったいぶった観念的意匠をまとうことなしに平然とおこなう。言ってみれば、川柳による身体性へのアプローチは人文学的というよりむしろ工学的で、杉倉さんが川柳に対してお感じになる「主体性の薄さ」は、おそらくここに起因する。またこの工学的指向こそ、川柳が芸術の言説によって捉えにくいことの一因でしょう。


S たしかに川柳の身体性は特徴的ですね。詩の一節だったら隠喩として解釈されそうな言葉も、川柳の短い断片的な記述においては身体の再創造として読まれうる。〈喉元に脱走兵を匿って〉(樋口由紀子)、〈背骨から私が匂いだしている〉(畑美樹)、〈この世から剥がれた膝がうつくしい〉(倉本朝世)……。
さっき小津さんがおっしゃっていた石田柊馬の句の外部に跳びだそうとするベクトル、というのも、たぶんそういうところにあるのかもしれませんね。通常の秩序とは異なった世界を作り出すための、キャンバスの外にまで伸びてゆく線のような力を持つ得体のしれない断言。俳句がとらえているのが「過去」だとしたら、川柳がとらえようとしているのは「未来」なのかもしれません。
そうした改造の技術のありかた、使用する道具(モチーフ)の選択に、川柳人の作者性がある、といえるでしょうか。

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2.川柳より前のこと

O 杉倉さんが川柳を始める前に触れてきたものもお聞きしたいです。

S もともと小説が好きで、10代の半ばくらいまで太宰治とか安部公房を愛読していたんですが(いかにも文学青年と言う感じでちょっと恥ずかしいですね……)、高校の頃高橋源一郎の『さようなら、ギャングたち』に衝撃を受けて、それから高橋源一郎の評論などを手掛かりにいろいろ読みました。そのときに鈴木志郎康や藤井貞和や伊藤比呂美を読んで、現代詩というものを知って、だから詩歌を読んだのは教科書に載っているようなものを除けば、現代詩がはじめです。
定型詩に関しては短歌を少し読んだくらいですが、図書館で借りた『新星十人──現代短歌ニューウェイブ』というアンソロジーで知った紀野恵はすごく好きでしたね。
ただそのときは詩歌よりも小説がとにかく好きでした。ベケットに保坂和志、それから金井美恵子。デビュー作の『愛の生活』を読んだ17歳の頃から今に至るまで、金井美恵子がいちばん好きな小説家です。

O 17歳で金井美恵子かあ。それは一歩も寄り道なしに来ましたね。

S まあ金井美恵子はもともとエッセイの口の悪さが好きで読んでいたんです、口の悪い人が好きで……。
大学では、文芸科みたいなところに入ったので、そういうところにいる学生がよく読むようなものを読みはじめます。文芸批評や思想書、あとヌーヴォーロマンなど。
詩歌も読んではいましたが、たまに図書館で詩集を借りるくらいでした。でも、2017年に復刊された松本圭二の『詩篇アマータイム』に衝撃を受けて、それから現代詩ばかり読むようになる。一番好きな詩人は安川奈緒です。『MELOPHOBIA』という詩集がほんとうに素晴らしくて、ただ、絶版で手に入らないんですよね。
書店で詩歌の棚に行くといまいちばん勢いのあるのが短歌なので、短歌も読みはじめて、それが昨年のはじめあたりです。ただ短歌は読めるときと読めない時がありますね。韻律が強すぎる感じがして。俳句はぜんぜん読めていなくて、これから読んでいきたいな、と思っているところです。

O お話を伺っていると、読むものの嗜好と書くものの志向が重なっていそうな感じですね。

S そうですね、基本的に発想も想像力も貧しいので、書く時に拠るものが今まで読んだ本くらいしかないんですよね。
そういえば小津さんはフランスにお住まいだそうですが、俳句を作るうえで、そこから影響を受けていると感じるときはありますか?

O うーん、影響ではないですが、いくぶん変わった孤独体験ができます。日本だと一人になりたくても、一歩外に出れば文字や音声が身体に入ってくるでしょう? 外国語は、意識のチューニングさえゆるめておけば、すべてを100パーセント落書・雑音として脳が処理してくれるから、いつまでも自分の声だけを聴いていられるんですよね。

S なるほど。私はいままで一度も海外に行ったことがないのでまったく体験したことがないです。それは定型のない詩や、散文を書く時でも一緒ですか? たしか詩人の伊藤比呂美さんがアメリカに住んでいらしたときに、どんどん日本語を忘れていって言葉がうまく使えなくなってゆく、ということを書いていたと思うのですが、そうしたことはないのでしょうか?

O ありますよ。運動性失語症(言いたいことはわかっているが言語にならない状態)です。何かを考えようとしても、言葉を置いてある脳の部屋の扉があかない。『海程』の崎原風子もそうだったらしい。アルゼンチンで日系新聞を発行していた方です。

  い。そこに薄明し熟れない一個の梨/崎原風子
  Dの視野にあるヒロシマの椅子の椅子
  ヒエラル墓地の昼の一日の大きな容器
  8月もっとはるかな8へ卵生ヒロシマ

こんな俳句を書く人。風子については、辻本昌弘『語り──移動の近代を生きる あるアルゼンチン移民の肖像』という本があります。


S そういう状態でものを書く、というのは考えただけでもおそろしいです、たまにそういう夢を見るんですが。
はじめて聞きました、崎原風子。かなり変な句ですね、何について書いているのかよくわからない。すごく面白いです。

(つづく)

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