2019年08月09日

喫茶江戸川柳 其ノ陸

小津 こんにちは、また遊びにきました。もうあいてますか?

飯島 いらっしゃいませ。もうあいていますよ。おや? 今日は何だかお疲れのご様子ですね。お仕事、お忙しいんですか?

小津 今日はまだ朝ごはんを食べてないんですよ。で、ここに来る途中、お腹がぺこぺこで何度もよそのお店に入りそうになりました。

飯島 うわ、デフレが20年も続いて、うちみたいな個人経営はお得意様が頼りなんです、どうぞご贔屓にお願いします……。なんていきなり生々しいことを言っちゃいましたが、うちは川柳でおなかを満たしていただけるのが売りの店です。お任せいただければ順番に「食べ物」の川柳をご用意しますよ。

小津 それは嬉しい! ぜひお願いします。 

飯島 かしこまりました。それでは少々お待ちください。

      * * *

まずは枝豆でもつまんでください。

 枝豆は旦那のかほへつつぱじけ
 枝豆でこちら向せるはかりごと


ちなみに突弾けるは、「勢いよくはじける。はじけ飛ぶ」という意味です。

小津 うんうん、急いで食べようとしたんですね。あ。すみません、私も枝豆飛ばしちゃいました。2句目は、何か企みがあるのでしょうか?

飯島 これが男から女へのはかりごとだとすればナンパでしょうかね。あるいは後ろ姿の顔を確かめようとしたのかな。

小津 「ほら、枝豆がありますよ。一緒に飲みませんか」という感じで誘っているのかしら。状況を想像すると可笑しいですね。 

飯島 では、いよいよ江戸の食の四天王を召し上がっていただきます。

 下手のそば日本の絵図をのしてゐる
 串といふ字をかばやきと無筆読み
 妖術といふ身で握る鮓の飯
 天麩らの店にめどぎを建てて置き


小津 わあ。喫茶店とは思えない! 最初の句は、ええと、延し棒がうまく使えなかったのかしら。

飯島 そうでしょうね。のす前の水加減や練りからして駄目だったのかな。〈日本の絵図〉という見立ては、いかにも初心者の失敗という雰囲気が出ていて感心しました。

小津 うふふ。次の鰻もなるほどです。串という字は蒲焼きに似てる。

飯島 像的な見立てですね。

小津 それからお鮨。これは板前さんの忍法めく手つきを描写したのですね。

飯島 忍びの者、陰陽師、山伏がむすぶ印を想像したのでしょう。蕪村に〈なれすぎた鮓をあるじの遺恨かな〉〈夢さめてあはやとひらく一夜鮓〉という句がありますけど、江戸っ子はせっかちなんで醗酵に時間がかかるなれ鮨はとても待ってられない、一夜鮨ですらまどろこしくて、ついに即席の握り鮨が考案されたんです。

小津 そんな理由だったんですか。すごいな。

飯島 で、そんな握り鮨が普及したころに作られたのがこの句。なれ鮨や押し鮨だとこうは詠めますまい。

小津 江戸ならではのスピード感。そういえば、川柳という文芸自体にも当意即妙の空気がありますよね。なれ鮨的じゃない。

飯島 最近の俳句はどうかわかりませんが、俳句の季語はなれ鮨的かもしれない、なんて今思いました。ちなみに蕎麦、鰻、鮨、天麩羅は屋台で発展していきました。なので鮨なんかは板前さんが座って握り、お客さんが立って食べていたみたいですよ。いまと反対なの。

小津 板前が座るのは面白い。最後は天麩羅ですか。〈蓍〉は占いの串棒ですよね。もしかして江戸時代は、天ぷらに串を突き刺して食べたのですか。

飯島 ええ。月岡芳年の「風俗三十二相」の中にある「むまそう」(むまさう)を検索してください。絵でみるとよくわかりますよ。

小津 (もぞもぞ…)ほんとだ。これなんだろ。海老天かな。衣がぺったりしてるけど…。

飯島 海老天ですね。串の話に戻りますけど、いまでもスーパーで売られているフライには竹串が刺してあるものがありますよね。 わたしは紅生姜天をよく買うんですが、近所のスーパーは紅色の串に刺して売っています。

小津 よく考えたら外食にも、串の天ぷら屋さんがありました。それにしても、ふう、いっぱい食べました。

飯島 最後にデザートもご用意しました。

 菓子鉢は蘭語でいふとダストヘル
 白玉にかける砂糖も露ときえ


小津 あら。一品目は皿の上に何もない……あ。もしかして〈ダストヘル〉は「出すと減る」の掛詞ですか?

飯島 そうなんです。学のある人の句なんでしょうかね。採るほうも採るほうですが。

小津 あはは。そういえば昔、平賀源内が、自分の考案した商品に外来語風ネーミングをつけていた話を読んだことがあります。袋入り糊が「オストデール」(押すと出る)、風車式蚊取器が「マアストカアトル」(回すと蚊取る)とか。現代でも医薬品業界ではこの風習が廃れていませんが、こういうのって、一体いつごろから流行り出したんでしょうね。

飯島 有名な胃腸薬の「ウルユス」はいかにも西洋由来の商品名ですよね。これは1811年の発売です。でも、本当は蘭語のハナモゲラ、なんちゃって蘭語で、「空シウス」の心から「空」の字を分解して「ウ」「ル」「ユ」+「す」ということみたい。なぞかけ全盛の江戸時代的なセンスを感じます。あと解熱剤ですが「うにこおる」というのもありました。グリーンランド近辺に棲息する一角獣の角から作ったという触れ込みで、ユニコーンが由来です。

小津 ユ、ユニコーン…。

飯島 こういうキャッチーな商品名がいつから始まったかというと、わたしは平賀源内あたりからではないかと思います。というのは江戸時代の商品のネーミングをみると、山東京伝、式亭三馬、柳亭種彦が付けたものが多くて、みな源内以降のクリエイターなんです。あ、「天麩羅」も山東京伝の命名という説がありますよ、「魁!!男塾」でいう民明書房並みの信憑性ではありますが。ただ、天麩羅という漢字を当てたのは確かに京伝の可能性があるんです。いずれにせよ、京伝がネーミングの名手だったことが窺い知れます。

小津 興味深い話をありがとうございます。さて、最後のデザートは締めにふさわしい味です。江戸の人々は白玉に砂糖をかけて食べたんですか。

飯島 夏は「冷水売」がいて、冷や水に白糖と白玉を入れて売っていました。追加料がかかりますけど砂糖増しもできたそうですよ。「ひやつこい ひやつこい」が売り詞でね。白玉は俳句だと夏の季語でしたっけ。ところで小津さんにお訊きしたいんですが、フランスにも旬の食べ物ってあるんですか? 日本と同じように四季がはっきりしていると聞いたことがあるんですが。

小津 はい。今週はスイカとメロンがキロ100円、プラムがキロ300円くらいでまさに旬です。毎日スイカを食べています。

飯島 ああ、スイカの江戸川柳をお出しすればよかったかも。うちもスイカのメニューを考えようかな。

小津 では、その時はまた遊びに来ますね。


《本日の江戸グルメセット》
枝豆は旦那のかほへつつぱじけ   せっかち度★★★☆☆
枝豆でこちら向せるはかりごと   まぐれ当たり度★☆☆☆☆
下手のそば日本の絵図をのしてゐる    言い得て妙度★★★★☆
串といふ字をかばやきと無筆読み     御明察度★★★★★
妖術といふ身で握る鮓の飯    ストリートパフォーマー度★★★★★
天麩らの店にめどぎを建てて置き    早食い度★★★☆☆
菓子鉢は蘭語でいふとダストヘル    ははーん度★★★★☆
白玉にかける砂糖も露ときえ    夢うつつ度★★★★☆



posted by 飯島章友 at 23:53| Comment(0) | 川柳サロン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする