おや指とひとさし指で広げる空
1句目。たとえばどこかへ行こうとして、スマートフォンで表示した地図に触れるとき、「地図を移動させるには指2本で操作します」という警告に動作を阻まれて苛ついた経験がある人は多いだろう。私たちは「おや指とひとさし指で」ちいさな画面の中の地図や、画像を拡大することに慣れている。ここで広げられているのは「空」である。天窓のように四角く区切られた空なのか、頭上いっぱいに広がる空なのか、詳しい状況はわからないが、ここには「クローズアップ」の動きがある。
部屋の四隅のほこり談合
偶然というのは鳥でやはり羽
2、3句目も、「クローズアップ」を手掛かりに読み解きたい。
日頃は見逃してしまう、それどころか見なかったことにしてしまう「部屋の四隅のほこり」。川柳はそこに目をつけ、何をしているかを観察する。それらは「談合」をしているようだ。取り除かれる運命にあるものたちの談合は、われわれ人間が行っているものよりもはるかに切迫感がありそうだ。メンバーの入れ替わりも激しいかもしれない。あるいは案外おだやかな時が流れているのだろうか。
3句目。「偶然」=「鳥」である、としたあとに「やはり」と付け加える形で「偶然」=「(鳥の)羽」であるという。ここにもクローズアップ−−「鳥」から「羽」に至る視線の動き−−がある。偶然は爪でも嘴でも翼でもなく、「羽」なのだ。爪や嘴のように鋭くはなく、翼よりも軽い……読者は「偶然」と「羽」の共通点を探しだす。そして頭の中に、「偶然」と「羽」をむすぶ道があらわれ始める。
おぼろ昆布を巻けばわすれる
個人的にはこの句にもっとも惹かれた。忘れたいことがあるとして、それを土に埋めるのでもなく、ガムテープでぐるぐる巻きにするのでもなく、加工してうすくスライスした昆布を巻けば忘れられるらしい。「おぼろ昆布」のふしぎな浮遊感に、七七形式のかろやかさがよく似合っている。「巻けばわすれる」という静かな言い切りからは、今まで何度もそうしてきたのであろうということが伝わってくる。