★【とら】川合大祐選
【特選】
恥毛詰め込むヒトラーの鼻 月波与生
【準特選】
山折りで虎谷折りで虎 城崎ララ
とらのことらたとらじまをうる 西脇祥貴
【入選】
トラップカード「ピーマン以外」 水城鉄茶
肩甲骨はトラ柄ですが 小沢史
トラトラトラの句点に檸檬 砂狐
コウメ太夫のトランシーバー 水城鉄茶
トラック島にひかる親指 中山奈々
回覧板は虎になるのだ 西沢葉火
トラブダイとは架空の魚 高良俊礼
炊飯ジャーが虎の骨壺 西沢葉火
トラウマヒツジナウシカリスカ 下刃屋子芥子
ジェネリックなら玉虫厨子 湊圭伍
【軸】
捕えてみれば東幹久 川合大祐
【選評】意外になかった「ヒトラー」。単に「悪のシンボル」として詠むのではなく、「ヒトラーの鼻」に注目したのが文芸として完成されていた。ナチスの悪は凡庸な悪であったかもしれない。それを表現するためには、「鼻」をフォーカスすることが有効だろう。「正義」を詠めと言っているのでは無い。「反〜」を詠むためには、こうした方法論が必要であり、この句にはそれが貫かれていたのだった。それがいかに奏功しているかは、あの「鼻周り」をイメージできることからも明白だろう。そしてそれは、七七という「型式」の問題にまで踏み込んでいる。
【選評】これも七七という型式そのものを追求した句。7=7であるとして、そこに如何なる飛躍をもたらせられるか? という問題提起になっている。「山」と「谷」の差異はじつは無く、無いことによって、われわれは何故「山/谷」を認識するか? という問題とも通底している。余言かもしれないが「山/谷」は漫画の「虎の穴の本部」をイメージさせた。
【選評】「虎の子寅太トラジマを売る」と(ひとつの)翻訳ができる。このように読者が「翻訳」をすること(あるいはさせられること)、この運動は、句が内包している運動とパラレルである。その飛躍を、たとえば、詩、と呼んでも良いように思う。このような運動体が成立するには、ほぼ「賭け」に近い勇気が必要なのだろうとも思う。
トラップカード「ピーマン以外」 水城鉄茶
【選評】「とら」を「トラップカード」に見立てたと同時に、「ピーマン」は「ヒューマン」の代名詞と言えるだろう。ここに存在できるのはヒト以外。すべての人間が消えた世界で、句のみが屹立している。
肩甲骨はトラ柄ですが 小沢史
【選評】「ですが」によってこの句は過剰な句たり得ている。これは七七の型式を最大限に活かした印象。
トラトラトラの句点に檸檬 砂狐
【選評】トラ・トラ・トラの・を檸檬に置換した。ここで重要なのは「トラ・トラ・トラ」と作中では表記されていない点である。幻影の上の幻影。
コウメ太夫のトランシーバー 水城鉄茶
【選評】およそいかなる意味でもリアルの句。
トラック島にひかる親指 中山奈々
【選評】イメージの鮮烈さ。「ひかる親指」が「ひかる一平」のような人名だと仮定しても、ここに句は成立する。
回覧板は虎になるのだ 西沢葉火
【選評】タイガーマスクであることは疑いがない。回覧板の中身は見ることができる。しかし回覧板は内部の文章ではなく「回覧板」として認識されるのだ。ところで都市部の人は回覧板など見たことがあるのだろうか。
トラブダイとは架空の魚 高良俊礼
【選評】では何が「架空」ではないかと言えば、ここには現実が存在しない。ゆえに、現実のみが書かれている。川柳の川柳性とはそこ辺りにあると思うのだが。
炊飯ジャーが虎の骨壺 西沢葉火
【選評】タイガー炊飯ジャー、であることは前提として、「骨壷」を発見した力。虎が火葬されるまでの時間と空間を思わされる。
トラウマヒツジナウシカリスカ 下刃屋子芥子
【選評】当然、すべての単語に動物名が入っているわけだが、言語遊戯という痛切。ナウシカ・リスカも痛みがこの世界に参入するための条件としてあった。心的外傷という現象もまた、この世に自分が在るための痛みである。ヒツジによって眠ることが、この後に可能であることを。
ジェネリックなら玉虫厨子 湊圭伍
【選評】「とら」という題をどうしても読み取ることができなかった。これは評者の力不足に過ぎないと思いたい。迷ったのだが、「玉虫厨子」に惹かれて、最終的に並選とした。イメージは鮮烈であるものの、意味など捉えられない、というところで「とら」であったのかと愚行する次第。正解など「謎解き」はしたくない。
【総評】全体的に、「とら」を虎として扱う傾向は多数だったものの、それ以外のアプローチをしてくる句も目立った。しかし手法として、新奇さはまた類想を呼びやすい。自分がいかなるデッサンをしているのか? という命題は、すべての作品が背骨として持っていた。あとはその構図の立つ位置にすべてがかかっていたように思う。これは、各自が「七七」という詩型をどのように把握していたか、という問題意識と相通じる。これは余言になるが「トランプ」という題材が無かったのが意外ではあった。よく考えてみると、現在最も川柳にし難い素材であるかもしれない。そこはわれわれすべての課題でもあるだろうと思う。トランプを穿て、という意味ではむろん無く。
★「とら」いなだ豆乃助選
【特選】
トラック島にひかる親指 中山奈々
【準特選】
軽トラで行く内村の腋 月波与生
回覧板は虎になるのだ 西沢葉火
【入選】
穴に入って恋人探す 真瑠
原材料に虎の遠吠え 城崎ララ
とらのことらたとらじまをうる 西脇祥貴
トラップカード「ピーマン以外」 水城鉄茶
トラトラトラの句点に檸檬 砂狐
肩甲骨はトラ柄ですが 小沢史
張り子の虎の毛穴が荒い 中山奈々
虎を踊れば赦してくれる? 太代祐一
影を食べたらきみもタイガー 朧
山折りで虎谷折りで虎 城崎ララ
【軸】
虎造唸る八回の裏 いなだ豆乃助
【選評】トラック島は確か先の大戦で多大な被害を負った島であった筈だ。いまやグーグルというもので調べればすぐわかる。あった。それによるとこの島は戦時中、壮絶な事件があったという。所謂人体実験である。そのことを踏まえるとこの親指というのが怖い。しかも親なのである。内地に子どもがいるのか、妻のお腹のなかに子どもがいるのかもしれない。想像を膨らませてしまう。ひかるのは見つけてもらいたいからではなく、ただそこにあるのである。存在しているのだ、トラック島にまだ。
【選評】内村は男なのな女なのかどちらともとれる。別にどちらでも良いけれど、男色っぽい。艶めかしい。軽トラというとごっついイメージなのに腋とくるのが悩ましい。艶めかしい。いかしてる。
【選評】回覧板はやっかいなものだ。戦時中の隣組を引きずっている。回されるのも回すのもキライだ。なので作中人物は虎になってしまう。虎を見れば隣人は恐がって近寄りもしないだろうから。
トラップカード「ピーマン以外」 水城鉄茶
【選評】ピーマンはなんともいえない、如何わしさをもっています。形も色も名前も。トラップなのは当然です。
トラトラトラの句点に檸檬 砂狐
【選評】トラトラトラに句点は檸檬ですか、どれも黄色ですね。檸檬というと爆弾を想像するので、物騒ですね。
虎を踊れば赦してくれる? 太代祐一
【選評】赦すもなにも鏡のまえで一度虎を踊ってみたら如何ですか。きっと自信を持ちますよ。
【総評】自分でも七七句を書くけれど、あまり意識して書くことはない。なんとなく七七になることが多い。連作で発表するときもあくまで七七は飛び道具みたいなものなので、この機会を作っていただいたことに驚いている。だが七七はキライではない。ただ七七ばかりだと飽きてしまうのも事実である。今回の作品を見ると意表をついた句もあり楽しめたのは収穫だった。この倍以上の句があったら困るけど。個人的に五七五にくらべて、七七は平坦でヤマがない印象を受ける。なので今回はなるべく単調な句を選ばないことにした。
湊圭伍さんの句、「ドラッグ」ということだったのですね。
今気づきました。すみません。
まだまだ自分、修行が足りないようです。