2015年04月28日

蛸を嗤うな真剣なものを嗤うな

蛸を嗤うな真剣なものを嗤うな
(  重森恒雄 『 川柳新子座'95  魔術師たち』時実新子  より )

何だか痛いぐらいに「リアル」な句だ、と思った。
この「リアル」というのは、句が読み手にどこまで肉薄するか、つまりどれ程の「切実さ」を持っているか、という事に基づいているように思う。


「嗤うな」という言葉は、声高な命令などではない。先制のための警告や威嚇でもない。
これはきっとほとんど悲鳴や泣き声のような、か細く震えた、それでいて必死の訴えだろう。「笑う」ではなく「嗤う」。そこにははっきりとした嘲笑、軽蔑と憐れみの意が示されている。そうして貶められ、尚かつそれにしっかりと手向かう強さを持たぬ者が、やっとの事で発する一言。それが、「真剣なものを嗤うな」というフレーズだ。
句からこのフレーズだけを切り離してみると、その愚直なまでのストレートさ、ともすればありふれてしまう程の「正しさ」が際立って見えてくる。このフレーズだけでは、おそらく句は句として成立し得ないだろう。
であれば句を根底で支えている核は、導入部の「蛸を嗤うな」の方にあるのではないか。
蛸。暗い水底でゆらゆらと蠢く不定形。何を考えているのかよく分からない眼も、愚鈍に見せかけて時折異常に俊敏な動きも、全てが何となく不気味で、恐怖すら覚える。
そんな蛸に対して「真剣なもの」というイメージを結び付ける人は、ほとんど居ないのではないだろうか。 この句の  蛸=真剣  という図式には、大抵の人が違和感を抱くように思われる。
しかし句の中で提示されているのは、確かに  蛸=真剣  という図式なのだ。私たちから見れば、両者の間には大きな溝があるように思える。けれども作者は、突発的な勢いとも言えるような強引さで、両者を=で繋げてしまった。
私はこの強引さにこそ、句の「切実さ」の源泉があるのではないかと思う。
向けられた嘲笑、他者からの明確な悪意に必死で立ち向かおうとする作者には、通常の 蛸≠真剣 の世界など見えていない。何とかして抗いたい、その思いだけに支配されて、何も考えず、何も考えられず、 思いが頂点に達した時、おそらくはほとんど無意識下で唇から零れ落ちた言葉、それが  蛸=真剣  の図式を持ったこの句だ。
何の脈絡も意味も汲み取れない、熱病に浮かされた者の譫言のように、それは聞こえるだろう。
けれどもこの彼岸の「蛸」から此岸の「真剣」への歪で瞬間的な跳躍、そこには弱い者が見せたただただ純粋な必死さ、ひたむきさだけがある。それがこの句の溢れ出るような「切実さ」となって、「真剣なものを嗤うな」というともすれば上滑りしてしまいそうなフレーズに、確かな重さと一種の説得力を与えているように思われる。

posted by 飯島章友 at 18:44| Comment(0) | 倉間しおり・一句鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月21日

びいどろに金魚の命すき通り


びいどろに金魚の命すき通り
(『俳諧武玉川』 より )

金魚の美しさは、「生物」としての美しさというよりも「物(オブジェ)」としてのそれに近いのかもしれません。
長い歴史の中で、人間の欲望や執念のままに何度も品種改良を重ねて創り上げられた、人の手なくしては生み出されず、人の手なくしては生き永らえない、そんな生物が金魚です。
その事を踏まえた上で読むと、やはりこの句の核は「命」という一語にあるのではないでしょうか。
前述の通り、金魚の美しさは自然から乖離した極めて人工的なものです。しかしそれでいて、金魚は決して「物」ではありません。周囲を取り巻くびいどろや日光や水とは全く異質の、「命」を持った「生物」なのです。そしておそらく、金魚はそれゆえに「美しい」のです。
「物」としての美しさをその身に宿しながら、その一方で金魚は確かに「生物」である。この句の「命」という一語には、その二律背反的な、ほとんど奇蹟のような金魚の存在性と美しさの理とが凝縮されているように思います。

絵だの彫刻だの建築だのと違って、とにかく、生きものという生命を材料にして、恍惚とした美麗な創造を水の中へ生み出そうとする事はいかに素晴らしい芸術的な神技であろう。
(『金魚繚乱』岡本かの子 より )



私 倉間しおり は、今回がほとんど初の投稿となります。
今後は毎月20日前後あたりに記事を更新していく予定です。
テーマは私にとって「弱点の言葉」である「動物」です。この記事ではその一つ目として、金魚の句を取り上げてみました。

よろしくお願い致します。


posted by 飯島章友 at 20:19| Comment(0) | 倉間しおり・一句鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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